縁
今日は思うところがあって、過去を振り返っていた。
ずっとPCで日記をつけているし、メールは過去のまま残っているので
ここ6年くらいは臨場感を持って思い出せる。
こうした安心感があるから、最近忘れっぽいのかも。
バックアップがあると思うと、頭に入れなくてはと思うわないのだろう。
コピー機もなく、模写するしかなかった時代には、本の内容や出来事を
頭に刻み付ける能力が今よりは高かったのだろうな。
おれは、本当に良い人に囲まれて生きてきた。
面白かったり、為になったり、いろんな意見、感想をメールでもらったり
話してきた。そうした行為を経て今があるわけですが、気付くのは自分のエゴ。
独善が多いのです。お恥ずかしい。自分勝手に振舞ってばかりで
少しは成長したとは思うのですが、根はあまり変わらないようです。
今はもう音信不通の方が、送ってくれた詩を転載します。
歌とかたち (Lied und Gebilde)
ギリシャ人は粘土をこねて
もののかたちをつくりあげ
手でこしらえた自分の子を見て
すっかり恍惚してしまう
それにしても ぼくたちの歓びは
ユーフラテス河にとびこんで
ながれの元素のなかで
あちこち漂うことだ
こうして心の火を消せば
歌がひびき出すだろう
詩人のきよらかな手が掬えば
みずは水晶の玉となる
ヨーハン・ヴォルフガング・ゲーテ
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