また、ここから
六月二十三日。沖縄の慰霊の日が、今年もめぐってきた。
この島で生きていると、この日だけは、どうしても手が止まる。七十数年前、この地で失われたたくさんの命を思う。忘れないために、この日はある。忘れたくないから、私は毎年、自分の来た道を振り返ってしまう。
気がつけば、ずいぶん長いあいだ筆が止まっていた。書けなかったわけではない。書く気力が湧いてくるまで、ただ静かに休んでいたのだと思う。疲れたら休む。それも一つの愛のかたちだと、あの頃の私は自分に言い聞かせていた。
それでも、よりによってこの日に、また書き始めようと思ったのは——自分がなぜ沖縄に来たのか、その原点を、忘れたくなかったからだ。
思い起こせば、私が沖縄をテーマに発信を始めたのは、リゾートでも事業の話でもなかった。国土のわずか0.6%にすぎないこの島に、在日米軍専用施設の75%がいまも集中している——その事実を前にして、「本当に大事なことは目に見えない」という言葉が、ずっと胸に引っかかっていた。見えないものを伝えるのは難しい。それでも、その難しいことを、思いやりと、愛をもって伝えたい。それが私の出発点だった。
あれから、たくさんの失敗をした。先が見えず、誰とも話せず、ただ不安だけが募る時期も過ごした。発信を止めていたのも、そういう時間と無縁ではない。けれど不思議なもので、過酷だった頃のほうが、人生の学びはずっと深かった気がする。
やんばるの牧場で牛と向き合いながら、売上もないまま何年も試行錯誤を続けてきた。それでも諦めなかったのは、結局、最初の思いが変わっていなかったからだ。沖縄の価値を、もう一段高い場所へ。見えにくいものを、見えるかたちにして手渡したい。完全放牧の牛が草を食む風景も、一杯のソフトクリームも、私にとってはその「見えないもの」を伝えるための、ささやかな手紙のようなものだ。
慰霊の日に手を合わせて、命を忘れないと誓う。同じように、自分がこの島で何を始めようとしたのか、その原点も忘れずにいたい。書くことは、私にとって忘れないための作法なのだと思う。
相変わらず、愛の人にはなれていない。けれど、もう一度ここから発信していこうと思う。人のことより、まず自分のことを。立ち止まって振り返れるのは、人間だけなのだから。
今、愛なら何をするだろうか。その問いを携えて、この慰霊の日から、また書いていきます。


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