世の中はカンニングで成り立っている
今の世の中、新しいモノで満ち溢れていると勘違いしている人が多いが、ほとんどのものは実はカンニングによって成り立っている。
事業だって、本だって、ほとんどのものは何かのパクリだ。著作権などの法律によって、そのスレスレのところで世の中は成り立っているのだ。
学校ではカンニングはいけないと教わるが、実社会においては「うまくカニング」できる人が成功している。これが業というものだ。
成功事例を真似るというのはわかりやすいカンニングだろう。成功法則を求めて、多くの人は本やセミナーに投資しているが、これもカンニングして実を取ろうとするからこそだ。
しかし、そこにあまり意味は無い。
「表のテーブルと裏のテーブル」でも述べたように、表だけカンニングしても意味がない。カンニングするなら、表と裏の両方をカンニングしなければならない。
では、究極のカンニングとは何であろうか?
それは、霊長類である人間の霊魂を知ることだ。
相手がどんな霊魂かわかってしまえば、その人間の心を掴むことが出来る。云わば、その人間の裏がわかるということだ。
表は日常会うときの建前も含めた人柄、裏はその人の根本にある本音を越えた霊魂。本人すら、自分の裏を知らない人が多い。無意識、潜在意識の領域だからだ。しかし、実は少し本当は気づいているのに、認めないだけの部分もある。
実際のところ、霊魂を知ってもらった方が、その本人も本当は嬉しいのだ。本当は認めたいのだ。私も霊魂を掴まれたからこそ、自分がわかった人間だ。自分の中にある表と裏。自分のなかにある霊魂。
それをカンニングされ、答案用紙に書かれたら、実際にそれが価値を生み出す。今までは採点もされず、価値もなかったものだ。能力も気づいてなければないのと同じだ。
そのカンニングのなかにこそ、無から有を生み出す錬金術が隠されている。
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