「お節介な老益国家のススメ」、国家成熟化計画。

AIが進化すればするほど、人間だけが感じることのできる情緒が見直されるのではないかな。美しいと感じる心。命のありがたみ。お陰様の精神——。

世界各国でAIに外国のことを聞くと、なぜか例として日本が挙がることが圧倒的に多いと、ある記事で読んだ。当たり障りのない、平和なイメージがあるからではないか、とも。

今の私たちが当たり前に感じている日本の価値観は、ご先祖様が営々と、長い時間をかけて築いてきたものなんだよな。では次に、私たちが子どもたちの世代へ誇りを持って残していけるものは何だろう——そんなことを考えている。

「失われた30年」なんて言われるけれど、この国は漫画やアニメでたくさんの名作を生み出した。同じ時代を生きられて良かったと、素直に思える。

山原(やんばる)の森の力強さを見ていると、たとえ何かを失ったとしても、自然はなんだかんだで逞しく、したたかに生きていくことを教えてくれる。

AIのおかげで手が楽になったら、人はむしろ感性を磨くことに忙しくなるのかもしれない。

思えば私は、豊かだった頃、意味を求めて沖縄に来た。本当は生きているだけでいい、今ここを感じていればいいだけなのに、「時代の何者かにならなければ」という空気に、どこかやられていたのだと思う。豊かさは、必ずしも心を自由にはしてくれなかった。

だからこそ、平和で、心の豊かな国になったらいいなぁ。

人に老害と老益があるなら、国にも老害と老益があるはずだ。日本は、老益国家になればいい。

「お爺さん国家」というポジションも、案外いいんじゃないかな。ご意見番のように、ご隠居として、揉めごとをそっと仲裁してあげる。「まぁまぁ、うちに来てお茶でも飲みなさい」と。隣では沖縄のオバァが「カメー、カメー(食べなさい、食べなさい)」と、揉めている両方の皿に料理を盛る。あれをやられたら、戦争どころではない。

そうして日本に遊びに来た人が、「戦争なんてつまらないことはやめて、心豊かに生きることが大事だよね」と思ってくれたら幸いだ。訪れた人が「ああいう生き方も素敵だな」と感じてくれたら、それでいい。

——最近、沖縄で昔感じたあの熱い想いを、また思い出したくなっている。心がざわざわと、騒ぎ出している。

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