新世界へ
年末から年始へと予想外の連続だった。予想外には慣れていたつもりだったが、まだまだ概念があるのだと改めて認識させられた。概念を壊し続けていく中で、自由な視点が生まれてくる。自分ではその概念には気がつかないから、予想外の出来事には感謝だ。
自分の概念は、他人から突きつけられてわかるものだ。それをするのは簡単ではない。それについては去年の正月に、「ひとつになること」という記事を書いた。ひとつになりたいと自分だけが願っても、相手がそれに真剣に答えてくれなければ、一人相撲になる。かといって、適当に相手に合わせていたら、上辺だけの関係になる。大抵はその中間くらいのところで、良く言えばバランスをとって生きている。率直に言えば中途半端ということだ。
我々の仲間はそれをしない。トコトン向き合い、トコトン実践する。だからこそ生き甲斐がある。志を同じにする仲間がいる価値は計り知れない。人の面倒な部分に踏み込むのは、半端では出来ない。心の交流を描いた「ココロコネクト」というアニメがある。普通では起こらない出来事が起こる事によって、心が繋がっていく。まさに自分たちがしていることを描いている。
人生は長いようで短い。学べるタイミングというものもある。今だからこそわかることがある。そのタイミングを逃してしまえば、二度と同じ事はない。人は弱い。簡単に不安や恐怖に負けてしまう。そんなときに、どれだけの想いを周囲の人間から受けてきたかを思い出すことで、勇気に変えられる。が、それが出来ない人もいる。
ミスチルの最大のヒット曲「Tommorrow never knows」の歌詞にこんなフレーズがある。
「人は悲しいくらい忘れてゆく生きもの
愛される喜びも 寂しい過去も今より前に進む為には
争いを避けて通れない
そんな風にして世界は今日も回り続けている優しさだけじゃ生きられない
別れを選んだ人もいる
再び僕らは出会うだろう
この長い旅路のどこかで心のまま僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ」
出会いがあれば別れもある。切ない悲しい想いがない人生に深みがうまれるだろうか?しかし視点を変えれば、その存在が歯止めになっていたとも言える。リスクとチャンスは表裏一体。離れる事でお互いにわかる事もある。
すべての出来事をどん欲に自分に取り込み、血と肉にしていく。自己の存在を進化させることでしか、想いに報いる方法はない。
「あなたのお陰で進化できました」と。
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