9日に沖縄では県民大会があった。約10万人が参加したという。本島の人口が約120万人なので、人口比では高い参加率だ。東京でいえば100万人規模のデモがあるのと同じだ。311の震災でさえ風化しつつある本土では、ヘリコプターの配備問題でなぜそんなに人が集まるのかわからないに違いない。もっとも沖縄でも、新聞は県民大会を大きく取り上げているが、それと同じくらいエイサー大会にも興味があるように感じる。良い悪いではない。それが普通の事だ。
奇しくも、今日9月11日に尖閣諸島が国有化されそうだ。この日に合わせてきたのか?偶然なのか?なぜ尖閣諸島は買われて、北方領土は買われないのか?日々の生活に忙しい人がそこまで意識を向けられる訳がない。逆に日常の仕事ができない人たちが政治活動しているとも言える。どちらが偉いという訳ではない。
日本国の為に公に活動しているのが政治家だとすれば、私人として日本の為に活動している人たちもいる。表と裏のようなものだ。研究会などの組織を作ったりして、私的に公的活動を支援している個人・団体がある。表に出てこないが、彼らの存在なしには歴史は語れない。
功績を挙げた人たちに共通している事は、何らかの秘密があることだ。表向きの答えがすべてなわけではない。当たり前の話しだ。企業で例えるなら、ダイエーがなぜ飛躍できたのか?その秘密の一端が沖縄にある事はご存知だろうか?興味がある人は調べてみたらいい。
陰から支える人たちの力添えがあり、世の中は動いている。領土問題で言えば、沖縄復帰や北方領土問題に取り組んだ末次一郎氏を知っているだろうか?彼は青年海外協力隊の創設にも尽力した。歴代首相の指南役で陰の黒幕とも言われた。黒幕というと悪いイメージになりやすい。陰から支える人たちの悲しい宿命で、そういう役目の人は良からぬ事をたくらんでいるように思われやすい。裏方はどんな想いで自分の使命を全うしているのか?想像すると胸が熱くなる。最初に井戸を掘った人たちの想いを忘れてはならない。
話しを戻そう。沖縄復帰、北方領土問題に末次は南方同胞援護会として関わっていた。彼と一緒に運動をしていたのが、沖縄出身者である吉田嗣延氏や稲嶺一郎氏だ。いま南方同胞援護会は沖縄協会となっている。沖縄と本土の架け橋をされていた大先輩だ。
戦後すぐに、あちこちに散らばっていた日本人の帰還問題があった。沖縄はアメリカの政策により、当初は戦地からも本土からも引き上げをすることが禁じられていたのだ。そのせいで沖縄出身の県民たちは難民のような有様だった。そこでその状況を何とかしようと、南方同胞援護会や沖縄人連盟などができたのだ。
またアメリカ映画でおなじみだが、帰還兵の問題というものがあった。戦争という極限環境にいた人間は精神を病んでしまう事が多い。帰ってきて事件を起こす事はざらにあった。ただでさえ兵士は問題を起こしやすい。
そこで、一度沖縄にまとめて引き上げさせようという動きとも重なり、逆に今度は沖縄が過剰人口になってしまった。そこで稲嶺一郎氏らが戦前も盛んであった移民事業を推進し、世界各地に移民していった。今日和僑はないが、琉僑はあると言われ、5年一度沖縄に集まる
「世界のウチナーンチュ大会」の原点である。
その稲嶺一郎の家に学生の頃から入り浸っていたのが小渕首相だ。だからこそ、彼は沖縄サミットに尽力した。人と人の繋がりによって歴史は出来ている。
これからアジアの時代と呼ばれてはいるが、主に経済的な視点でしか語られない。歴史的に見れば、戦前から日本人はアジアに積極的に関わってきた。その先兵ともなっていたのが沖縄県民でもある。その歴史を知らずして、経済だけ語る貧しい感性では到底アジア人との絆は掴めない。
アジア人の精神性は、欧米の精神性とは異なる。それを思い出させてくれるのが沖縄の存在だ。アジアに入り込みたければ、まずは言葉の通じるアジアである沖縄に入る練習をしたらいい。沖縄は今も色濃くアジア的精神性を残している。その感覚がわからなければ、利益というメリットでしか繋がれないだろう。それでは尊敬は生まれない。
アジア解放を目指した先人の大義と想いを胸に、課題先進国である日本だからこそ出来る貢献を模索するのが、日本人の誇りではないだろうか。金儲けだけをやるのであれば、ユダヤ的発想が出来る欧米の方が得意なのだから。自分たちを反面教師にしてくれと、日本の悪いところをさらけ出し、出来る事で貢献していけば自然と相手は助けてくれるものだ。
自分たちが経済大国を作った訳ではない。再度同じ経済大国を目指しても進化がない。自分たちが作らなければいけないのは、次世代の生き方モデルなのだ。自然からの信号を受け取り、違いを受け入れる。想いがあれば最後は通じる。すぐに結果を求めがちな現代の風潮だけではなし得ないことだ。だからこそ、面白いではないか。時代の変革期だ。まだ形にもなっていない構想に積極的に関わっていく事、それが歴史に参加するという事だと信じている。
沖縄はずっと裏方で日本を支えてきた。いよいよそれが表舞台に立つ時期がやってきたのだ。支えてきてくれた事に感謝して、お互いに良いところを持ち寄れば良い。感性と理性。互いにないものがある。